Mostly, this is diary.
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アメリカって驚くことばっかりだった。
家主さんは18才の私にとっておじいちゃんだった。
60才に手は届いてないのかな?
確か50才代と聞いたときには、大変申し訳なく思った。
来たとき迎えに来てくれてなんて良い人だと思った。

「いやあ、昭和天皇がなくなられた時は僕も悲しくて仕方なかったよ。 君はも悲しかったろ?」
彼は胸に手のひらをギュッと押し当てて言う。

これは...親愛の情って奴?
どう考えても悲しくないでしょう?

日本人てチョンマゲしてる世代と今とそう変わらないって思われてるのかな?

「...どうも、ありがとう。悲しんでくれて嬉しいよ。私は父母の世代と違って、ただ悲しいというより1つの時代(昭和)が終わったなと思ったね。」

ここは威厳を持って模範的日本人の挨拶をせねば。
私ってシミジミ成長してるなー。
実際、昭和天皇崩御の新聞見出しやニュースを見て、昭和が終わったなという感慨があった。
終戦のラヂオ放送を聞いた世代だったら、涙が出ちゃったかも。


何よりびっくりだったのはこのおじいさんには彼氏がいた。
家主さんが2人いて、もう一人はパートナーなんだと紹介された。
2人の姓は当然違ったし、顔にも共通点は無く、年齢だけが近いようだった。
『おお、お仕事(下宿屋管理人)仲間か。優しそうな良い仲間だ。』
私はそう思った。

ある晩、ロックアウトして部屋に入れなくて助けを呼びにいった。
家主さん達、bedは別だけど寝室が一緒だった。
あれ? と思って、フラットメイトとミネコさんと話していたらこういわれた。
「ああ、彼らGayだから...」

どうやら私はしばらくアングリ口を開けていて、彼女に笑われた。
面白いわね~、気の毒だけど本当よ(?) 
いや、パートナーを持つのはいいんじゃないですか...?
もし2人が若くて、私が何も知らないまま寝室に助けを呼びに行ったら、きっと一生忘れられないものを見ちゃったんだろうな...。


...今は日本でも珍しくないし、当時も都会にはたくさんいたと思う。
ただ、私のまわりにhomosexualはいなかった。
イメージで捉えていたGayの人たちって若かった。
半年後、マイアミに住み替えるって言ってたな。
そうか。
年をとっても、好きなものは好きなのね。

同じ家に25才の日本人が越してきた。
ご職業は撮影。
ドラマや映画を撮ってたらしい。
すごーい。
和風な名前で、お兄さん。
上の兄弟がいなくてアニキって感じで最高だった。
何をするにも頼れて良い感じだった。
いろいろ相談もできた。
情報交換もした。
この人がいてよかった。

でも何より負担かけて嫌われたくなかったな~。
やがて彼は私と同じ年の彼女ができた。
長いこと2人で暮らしていた。
彼ら、どうしてるかなー。
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